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ケルスス図書館:2万もの蔵書が失われ遺構だけが残る

ギリシャ・ローマ世界中に多くの巻物(スクロール)のコレクションがあり、一部は個人的な私設図書館に保管され、その他はアレキサンドリア大図書館のような公共図書館に保管されました。現在でも立ったまま残る印象的な廃墟であるこのような図書館の一つが、トルコ・エフェソスにあるケルスス図書館です。ケルスス図書館は古典古代で3番目に大きいものでした。その魅力的な建築で知られ、またかつては古代世界の豊かな知識を含む12,000もの巻物を収蔵していたことで知られていました。悲しいことに、西暦262年の図書館の破壊によって1つとして現存しません。

現在も立つケルスス図書館。 (CC by SA 2.0 / Carole Raddato)

ケルスス図書館はティベリウス・ユリウス・アクイラ(Tiberius Julius Aquilla)によって、西暦105年~107年の間にエフェソスのローマ地方総督であった彼の父、ティベリウス・ユリウス・ケルスス・ポレマエアヌス(Tiberius Julius Celsus Polemaeanus)に敬意を表して西暦114年~117年に建設されました。図書館は街の中心部のアゴラ(広場)近くにあります。図書館の堂々としたファサードに作られた壁龕には、知恵(ソフィア)、知識(エピステーメー)、知性(エノイア)、美徳(アレテー)の擬人化像が作られ、図書館内部の床は大理石が敷き詰められていました。2階は建物の端を周回するバルコニーで構成されています。建物の側面に沿って多くの巻物を収納するためのくぼみがありました。

左:ソフィアの像 (Chris Beckette / flickr) 右:アレテーの像 (CC by SA 3.0)

どのように図書館が破壊されたかについては相容れない説明があります。あるソースではゴート人の攻撃で燃やされたとされ、別のソースでは地震で破壊されたとされています。どちらの場合でも、西暦262年には図書館は損傷しており、修復されて4世紀まで使われ続けました。

多くのローマ図書館のようにケルスス図書館は非常に精巧な建築であり、使用された特有の建築様式は、ハドリアヌス帝統治期間(在位117年~138年)に建設された建築美術の特徴となりました。

ケルスス図書館の精巧な建築上の特徴 (public domain)

アレキサンドリア図書館の建築は何も残っていませんが、私たちは歴史的な情報源からそれについておおいに知っています。これがアリストテレスの生徒、ファレラムのデメトリウス(Demetrius of Phaleron)によって創立され、世界中の知識を収めた万能図書館を建てようとしていたアレキサンダー大王に触発されたものだと知っています。またこの図書館が、英語の博物館museumの語源であるギリシャ語のムセイオンとして知られる、より大きな研究機関の一部だったことも知っています。ムセイオンには、研究機関に所属して数学、天文学、神学など様々な科目を学んでいた学者の住む区画がありました。アレキサンドリア図書館にはアリストテレスの著作や、その他作家の中でもエウリピデスアイスキュロスソポクレスの作品のコピーがあったことも知っています。一方、古代世界最大の図書館の1つだったにも関わらず、ケルスス図書館について知られていることは非常にわずかです。その蔵書やその管理について知りません。

この図書館が古代世界の他の図書館とどう違うのか正確にはわかっていませんが、当時の他の大規模ローマ図書館に基づく推測をすることはできます。

ほとんどのローマ図書館は裕福な個人宅内の私設図書館でした。例としては、ヘルクラネウムまたはヘラクレウムの町にあったVilla De Pisoniがあげられます。

多くの主要なローマ図書館のモデルとなったペルガモン図書館(library in Pergamum)のようないくつかの図書館は公共図書館でした。それらは通常、書物を保管するための精巧な建築美術が施された建物と巻物を朗読できるポーチからなっていました。古代世界においては書かれた文章は個人的にも朗読されており、そのため公共図書館は一般的に公開読書の場所でした。

ほとんどのローマ図書館は、ギリシャ語とラテン語のセクションがありました。この伝統は、アレキサンドリアを訪れた後、ローマの知的卓越性を高めようとしたユリウス・カエサルによって構想されました。それはアレキサンドリア図書館と張り合う図書館を作るという目的でギリシャ語とラテン語セクションのある図書館をローマに建てた、アウグストゥス・カエサルによって最終的に実現されました。教養のあるローマ人は研究のために私設図書館を使うのを一般的に好んだため、これらローマの公共図書館のほとんどは非常に重要とはなりませんでした。しかしそれはケルスス図書館が、主に正面のポーチから公に読むことができた本の倉庫として、どのように機能していただろうかというアイデアをもたらします。

書物を取り扱っていた図書館員は、ローマ共和国時代とおそらくはローマ帝国時代に図書館員として世話された教養ある奴隷であった可能性があります。亡くなった統治者や学者の胸像はローマ図書館にも展示されていました。ケルスス図書館もおそらく例外ではなく、ケルススの像が飾られていたでしょう。アレキサンドリア図書館は学者が生活し作業する場所である現代の大学とより共通点がありますが、ケルスス図書館は本を探したり読んだりする公共の場所としての現代の図書館と共通点があります。

今日のケルスス図書館。ライトアップが行なわれている。 (public domain)

トップ画:The Library of Celsus, in Ephesus (Christopher Chan / flickr)

原文:Ancient Origins
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