サヘラントロプス・チャデンシスは人類の系譜の中で知られている最も古い種の一つ。この種は700~600万年前頃に中央アフリカ西部(チャド)に暮らしていました。サヘラントロプスは頭蓋しか発見されていませんが、これまでの研究ではこの種には猿のような特徴と人間のような特徴が組み合わさっています。猿のような特徴には小さな脳(チンパンジーよりもわずかに小さい)、傾斜のある顔、非常に顕著な眼窩上隆起、そして細長い頭蓋骨があります。人間のような特徴には小さな犬歯、顔の中央部が短いこと、そして脊椎の通る大後頭孔が非二足歩行類人猿に見られるような背中側ではなく、頭蓋骨の下部に開いていることです。
この大後頭孔が下方にあるということは、脊髄が下に伸びていた、つまり、直立していた可能性が高いことを意味しています。だとすると、直立はヒトの派生形質であるため、サヘラントロプスはチンパンジーと分岐したのちのヒトの祖先(もしくはその近縁)であるということになります。また、ヒトを他の霊長類から特徴づける数多くの特徴のうち、直立は最も初期に進化した形質の1つということになります。
しかし、サヘラントロプスの脚の化石や足跡化石は見つかっておらず、直立というのは仮説にとどまっています。もし直立が否定されるなら、サヘラントロプスの系統的位置を確実にする証拠はなくなり、ヒトとチンパンジーの共通祖先(ヒト族の祖)、あるいは、ゴリラも含めた共通祖先(ヒト亜科の祖)の可能性もあります。
また、ヒト以外の他の霊長類ではオスの犬歯は歯列の咬合面から外へ強く突出していますが、私たちの犬歯(糸切り歯)は他の歯の噛む面とほぼ同じ高さになっています。このようにサルと人間では犬歯の大きさが異なっているため、犬歯を見ることで進化のどの段階にいる化石なのかを判断することができます。サヘラントロプスの犬歯はサルと比較するとやや小型であるため、人間の祖先ではないかとされています。
最初の、そしてこれまでで唯一のサヘラントロプスの化石は、チャド北部から見つかった9つの頭蓋標本です。フランスの古生物学者ミシェル・ブリュネ率いる科学者の研究チームは2001年に、化石標本TM 266-01-060-1を含む化石を発見しました。2001年以前、アフリカでの初期人類は東アフリカの大地溝帯と南アフリカのみで発見されており、そのため中央アフリカ西部でのサヘラントロプス化石の発見は、最初期の人類がそれまで考えられていたよりも広い範囲に分布していたことを示しています。
また、サヘラントロプス・チャデンシスは類人猿とヒトの共通祖先と同時期に生きていましたが、その後の人類との関係性は曖昧なままとなっています。
科学者はたったひとつの頭蓋骨と別のサヘラントロプスの顎と歯の破片を修復しましたが、この種の個体がどのくらいの大きさだったのか我々はいまだ正確にわかっていません。TM 266-01-060-1の頭蓋骨の大きさを考え、科学者はサヘラントロプスの個体はチンパンジーと同じくらいだろうと推定しています。
サヘラントロプス・チャデンシスに残された謎
- サヘラントロプス・チャデンシスの体はどのような外見なのか?
これまで古人類学者はこの種の頭蓋化石のみ発見しています。 - 彼らの主要な移動形態は何か?
- 彼らは何を食べていたのか?
- なぜサヘラントロプス・チャデンシスの男性は小さい犬歯を持っていたのか?
これは、特に仲間と争う際に長い犬歯を使って他人を脅かすオスのチンパンジーや他の霊長類と異なっています。 - サヘラントロプス・チャデンシスの男性と女性の間に大きさの違いはあるのか?
- サヘラントロプス・チャデンシスは人間とチンパンジーの共通祖先なのか?
参考: サヘラントロプス - Wikipedia スミソニアン国立自然史博物館(英語) 歯の豆辞典 犬歯の誕生 eFOSSILS 137億年の物語, クリストファー・ロイド, 文藝春秋, p.95