ありふれた植物の多くは人体に有害です。旧石器時代の私たちの祖先は狩りの道具をより致死的にするために植物毒を使っただろう、と考古学者は長い間考えてきました。現在ヴァレンティナ・ボルジア博士(Dr Valentina Borgia)は、考古学的遺物にある致死物質の残留物を検知する技術を開発するため、法医化学者とチームを組んでいます。
私たちは有毒植物に囲まれて生活しています。それらは公園や庭、生け垣や森林に生い茂っています。キツネノテブクロ(ジギタリス)は魅力的に見えますがその種は殺人的です。トリカブト(monkshood、Aconitum napellus)の花は見事な青色ですが、その根は危険です。ドクニンジン(Hemlock 、Conium maculatum)はシェイクスピアがマクベスにおいて魔女の呪文で思い出させるように、一般的ですが非常に有毒でもあります。
Digitalis purpurea illustrations by Franz Köhler. Image: Public Domain
狩猟の毒
私たちの祖先が武器をさらに強力にして獲物をより迅速に殺せるよう、このような植物から抽出した毒を使ったと考古学者は長い間考えてきました。矢尻を毒液に浸たすことで、狩人は動物を即時にまたはゆっくりと殺すアルカロイドやカルデノライド(強心配糖体)などの有毒物質を与えることが確実になりました。
ごく最近まで、植物から抽出された毒が初期の社会で使われたことを証明するのは不可能でした。旧石器時代の狩猟武器の専門家であり、マクドナルド考古学研究所のマリーキュリーフェローであるヴァレンティナ・ボルジア博士は現在、古く3万年ほど遡る私たちの祖先が毒を使ったと証明できる寸前だと考えています。
物体に付いた毒の探知
ボルジア博士は私たちの遠い祖先によるありそうな使い方について数々の視点からアプローチしてきました。彼女の研究は多くの地域環境における毒性植物の偏在性(至るところにある)と、それらの歴史的な使用法と現代の狩猟採集民による使用法に注目しています。法医化学者との作業により、彼女は考古学的遺物に残った毒の検知を可能にする技術の開発もしています。現在はその技術を博物館コレクションから得られたサンプルでテストしています。
『私たちはバビロニア人やギリシャ人、ローマ人が植物ベースの毒を動物の狩猟や戦争に使ったと知っています。実際、毒性「toxic」という言葉は、ギリシャ語で弓を表すtoxonに由来します。Taxusは弓を作るために伝統的に使われた弾力のある木材であるイチイ属の名称です。イチイの木はまた、毒矢に使われた種も生み出します。英国において、木材のために育てられたイチイは、その実を食べて動物が毒に当たらないよう教会庭に植えられました』と、ボルジア博士は言います。
Strychnos toxifero Illustration by Franz Köhler. Image: Public Domain
『今日ではわずかな狩猟採集社会しか残っていませんが、存続している集団すべては毒を使っています。アマゾン熱帯雨林に暮らすヤノマミ族は矢毒として、マチン属(Strychnos)の植物を混合したクラーレを使います。アフリカでは、異なる様々な植物が毒を作るのに使われます。アコカンテラ属(Acokanthera)、ストロファントゥス属(Strophantus)、マチン属が最も一般的です。』
アジア北部の人々の多くは、熊やシベリアアイベックスのような大型動物を殺すのにトリカブト(monkshood、Aconitum)を使いました。毒性植物はまた民間伝承でも取り上げられます。マレーシアでは、ウパスの木に由来する毒であるアンチアリス・トクシカリア(Antiaris toxicaria)を使ってダーツが毒矢にされます。マレーシアの伝承には、『Seven up, eight down and nine no life』というものがあります。丘を7歩上った毒の犠牲者は、8歩目は下り、9歩目は最後となります。
※訳注
こちらのサイト(英語)では中国文化にある七上八下という言葉を陰陽から解説しています。
2014年、ボルジア博士は考案した毒の残留物を識別する方法についての助けを得るため、英国ノースウンブリア大学の法医化学者ミッチェル・カーリン(Michelle Carlin)の専門知識に協力を求めました。カーリン氏の日々の仕事は、犯罪と化学分析を通じた違法物質の検知に焦点を当てています。液体クロマトグラフィー質量分析法(liquid chromatography-mass spectrometry)と呼ばれる高度な専門技術を使い、彼女はポケットの裏地にあるコカインのような、ドラッグの見えない痕跡を検知することが可能になりました。
同様の技術を、数千年前に使われた毒の存在を検知するのに使うことができます。ボルジア博士とカーリン氏は協力し、毒性植物の一覧データベースを作り、純水が染み込んだコットンが付いた器具で触るだけという、考古学的資料から残留物サンプルを収集する非破壊的手法を開発してきました。
毒性植物のサンプルは、ケンブリッジ大学とノーサンバーランド州のアニック・カースルにある植物園の研究者から提供されました。アニックには来場者が150もの毒性植物を見ることのできるポイズン・ガーデンがあります。トリカブトのようにいくつかは非常に有毒なため、これらを育てるために英国内務省から免許を取得しています。
植物残留物の識別する別の方法は、先史時代の武器表面に残るスターチ(でんぷん)の存在を探すことです。でんぷん粒は植物の分類群を決定するのに使うことができます。それぞれの種は特有の大きさ、形、構造を持っているためです。スターチ検査を研究ツールの一つとして使うため、ボルジア博士はこの方法論における主要な専門家であるレスター大学のヒュー・バートン博士(Dr Huw Barton)と共同研究しました。
博物館コレクション
民族学的コレクションがある多くの博物館には、その展示や倉庫に毒を塗った武器があります。ボルジア博士はケンブリッジ大学考古学・人類学博物館とオックスフォードのピットリバース博物館、そしてイタリア人の同僚ヤコポ・クレッツィー二博士(Dr Jacopo Crezzini)の協力でピゴリーニ民俗博物館(イタリア)の所蔵品からサンプルを集めることができました。これら品々にはトリカブト毒が中に入った中国の壺(1926年7月13日付の新聞に包まれていた)、ウパスの毒を塗ったマレーシアのダーツ、クラーレを含んでいる様々なアフリカの矢やガラス管がありました。
『非常に強く毒物に関連する品々を作るために使われた素晴らしい職人技もまた重要です。フランス人哲学者シモンドンは、象徴的な意味にとらわれない純粋な技術装置はない、と言っています』と、ボルジア博士は言う。『これら工芸品は高度な配慮を示すため、この概念を充分に表現しています。ケンブリッジ博物館にある恐ろしい見た目をした素晴らしい彫刻のあるボルネオの銛(ハープーン)は、人間の骨から作られたと考えられています。一緒に保管されているカードには「注意、毒が塗られています」と警告しています。』
時間を遡って
これら素材サンプルについてのカーリン氏の分析は、毒の残留物は一世紀後の物品上で容易に検知可能であり、その特性を残していると示しています。研究者にとっての本当の挑戦は更なる過去に遡ることです。
アメリカのフィービー・A・ハースト博物館(Phoebe A Hearst Museum of Berkeley)に保管されていた4000年前のものとされるエジプト先王朝時代の石矢6つの検査が現在行なわれています。この矢について最初に研究された40年前当時、研究者は先端に付着した黒色残留物の一部を取り除き、猫に注射しました。このかわいそうな動物(注射後も生きていました)の反応は矢に毒が付いていた証拠となりました。
『今日私たちは、動物達に残酷な行為をすることなく更なる情報を得る正しい手段を持っています。最初の検査は私たちのデータベースの毒性植物ではアコカンテラ属の存在を強く示唆していますが、化合物には数多くの構成要素があるため完全に特定はできません』と、ボルジア博士は言う。
『人々が毒を使うのは理にかなっています。石の矢尻が付いた旧石器時代の武器は、赤鹿のような大きな動物を動かなくさせたり殺したりするのに致命的ではなかったかもしれません。毒性植物は豊富にあり、先史時代の人々は自分たちが暮らす環境について知っていて、食用植物であったりその薬や毒としての可能性について知っていました。毒を作り出すことは簡単で経済的であり、リスクは最小です。さらに毒の作成は多くの場合、伝統や狩猟儀式の一部でした。』
見つけた武器を洗わないで
考古学者がフィールドワークの過程で地面から品々を取り出す時、彼らは発見物に付着している土をブラシで払い落としたり時には品々を洗ったりします。ボルジア博士は仲間の考古学者に連絡して、武器を見つけた時には洗浄しないようアピールしています。『今ではこの技術が利用可能で、稼働することが示されており、私たちは考古学的サンプルをできるだけ多く検査する必要があります』と彼女は言う。
ボルジア博士は彼女のファミリーネームが毒への興味を促したことを否定しています(ルクレツィア・ボルジアは悪意ある毒殺者として伝説的に有名です)が、彼女は「nomen omen」というラテン語のジョークを楽しんでいます。これはざっくりと「意味のある名前」と訳すことができ、確かにボルジアという名前には強い歴史的な共鳴があります。ボルジア博士の同僚にとっては幸いにも、彼女の目的は尊敬に値する完全に学術的なものです。
彼女はこう言います:『先史時代における毒の使用についての調査で、狩猟の技術や儀式、さらにはどのように植物の世界が利用されたかについて理解を深められます。ルネサンス期の医師であるパラケルススは、dosis facit venenum(服用量が毒を作る)と書いています。民族学的研究は、毒に使われた最も一般的な毒性植物は病気の治療にも使われたとしています。驚くことではなく、それと同じ物質が現在でも使われる多くの医薬品の基礎になっています。』
原文:Pasthorizons 参考:GIGAZINE