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ケルトのオガム文字:ルーツ判明前に消え去るか

人里離れた平原や教会の壁、そして工事現場の下から、左下から中央に上がり右下に下がる複雑なマークのある石が見つかっています。これは古代ケルトのツリー・アルファベット、オガム文字(Ogham、本来の発音はオワム)です。考古学的言語学者はシンボルをなんとか翻訳しようとしていますが、いまだ誰もこの言語がどのように、なぜ存在したかはっきりとわかっていません。努力がこの遺物を保全していますが、石は驚くべき速さで風化し崩壊しています。

独特な碑文を保全する試み
オガム文字記号を含む石は400個ほどあり、そのうち360個はアイルランドにあります。残りはウェールズ、スコットランド、マン島の各地で発見されています。最古の遺物は西暦4世紀まで遡ると考えられていますが、木のような傷みやすい媒体に存在するさらに古い例は、おそらく西暦1世紀まで遡ります。

アイルランド・ウォーターフォード州アードモアにある12世紀に建てられた教会内に位置するオガム・ストーン。 ( mike65ie/CC BY NC SA 2.0 )

このメッセージの大部分は人々や場所の名前であり、おそらく境界や資産を区分けしていました。これら古く風化した岩は、石に直接刻まれた直線や斜線で覆われていました。オガム文字がまったく別の言語だという実状が認識される以前、多くの人は単なる装飾としての刻みだと考えていました。

オガム・ストーンを保全する試みにおいて考古学者らが直面している主要な問題の1つは、碑文の独特な物理形式です。『石にある多くの碑文はその石の表面にあります』と、オガム文字を研究している考古学的言語学者Nora Whiteは言います。『しかしオガム文字は、角度のある端を包み込んでいます。』

ケリー州・Aghadoe churchのオガム・ストーン ( Jeremy Keith/CC BY 2.0 )

この独特な読み取りの体験はオガム文字記述の魅力の一部ですが、これは後世の人々にとって碑文の捕捉を非常に難しくしています。通常の写真や描写では文章全体を捕捉できません。幸運にも、現在の技術革新はWhite氏のような研究者らが石柱の3次元スキャンを作成できるようにしています。既に知られている石の3Dモデルは素早く捕捉されて、ダブリン研究所のケルト研究スクールによって『Ogham in 3-D Project』の一部として保全されました。

ケルト人の木への崇敬
古代ケルト人は木を精霊または精霊の住処として崇拝していました。ケルトの神秘主義の多くは、異なる木の魔術的性質を中心に展開します。例えば、白樺の木は多くの場合原初の木だと考えられます。女性的な力だと、ドルイドは白樺の持っている子供の保護、創造力、純粋さという魔術的性質からこのように考えていました。別の重要な木は力強いオークの木です。オークの魔術的性質である男性的な力は防衛、力、忠誠と関連しています。

‘The Druid Grove.’ ( Public Domain )

ケルト人の木への崇敬は、彼らの生活における多くの側面に影響を与えており、オガム文字の基礎になっていると考えられています。長い垂直基準線に沿って中央に置かれたマーキング『ステム(幹)』は、それから直線や斜線からなる『ツィグ(小枝)』として知られる記号と交差します。このアルファベットで最初の文字は『B』の音を表す、ステムの右側に垂直に伸びた一つの直線で出来ています。この文字の名前はBeigheまたは白樺の木で、I のように見えます。

言語の裏にある伝説
オガム・アルファベットを構成する20個の文字のうち、5つはステム右側にある直線のツィグで出来ています。Beigheに続けて、Luis (II), Fern (III), Sail (IIII), and Nin (IIIII)があります。これらの文字は、それぞれL、W、S、Nを表していて、名前はハーブ、ハンノキ、ヤナギ、手紙と訳せます。

研究者らはオガム文字を解読できていますが、特にこの時点では一般的にラテン文字と、より狭い範囲ではギリシャ文字が使われていたため、その発明の裏にある理由にはいまだ多くの議論があります。

伝説によると、言語はバベルの塔崩壊の結果として初めて整理されました。スキタイ人の王である偉大なるFenius Farsa( https://en.m.wikipedia.org/wiki/Fénius_Farsaid )(スキタイは中央アジア領土の古代ギリシャ名)はニムロデ王の民の運命を聞いて1度訪れました。王の従者は混乱した言語を学び理解しようとした72人の学者でした。

オガム・アルファベット。 (Anárion/CC BY 1.0)

不運にも、彼らがシナルの平野に達した時点で、呪われた人はすべて分散していました。こうしてFenius王は、多くの言語を学ぶために学者を既知世界の遠い端に送り出しました。探索は10年続き、その間Fenius王はバベルの塔の廃墟近くに残り、彼の忠実な執事が発見とともに戻るのを待っていました。探索が完了すると、王はBérla tóbaideとして知られる特殊な言語を作りました。これは混乱した言語それぞれの最も大切な要素で作られました。また彼は新しい言語に伴う完璧な記述システムBeithe-luis-nuinをも考案しました。この文章は一般的にオガム文字として言及されました。

‘バベルの塔’ (1594) ルーカス・ヴァン・ヴァルケンボルク作。 (Public Domain)

この幻想的な物語はオガム文字を説明するために存在する単なる伝説ではありません。現代の研究者らはこの言語の目的を説明する過度の信念を持ってもいて、彼らはFenuis Farsaの伝説ほど異常ではないですが、同じように論争されています。

何人かの学者は、ブリトン人が言っていることがわからなくてもアイルランド人が意思疎通できるようにオガム文字が作られたと主張しています(紀元前1世紀においても、ブリトン人はケルト人の敵でした)。別の仮説では、オガム文字のアルファベットはラテン・アルファベットだとゲール語の音を捉えづらいとわかったため、初期のキリスト教宣教師によって構成されたと主張しています。さらに別のものは、オガム文字は本来、最終的に石に刻むことでその方法を永遠のものとした古代ドルイドの秘密のハンドサイン言語だと断言しています。このアイディアはグループ1と5のツィグの音の類似に残っていて、そして人間の5つの指は秘密のサインでメッセージを伝えています。しかし、この最後の仮説を信用できると考える学者は多くありません。

プラムブリッジのオガム・アルファベット。 (Kenneth Allen/CC BY SA 2.0)

考古学者らは可能なかぎりたくさんのオガム・ストーン見つけるため、そしてそれらのデジタルコピーを作るために作業を続けています。一度オガム文字の保全が保証されれば、アイルランドの不思議なツリー言語に隠された秘密を明らかにするために、他の古代テキストやシンボルとのメッセージ比較作業が熱心に始まるでしょう。

ケリー州・トラリーのRatass Churchの地面にあるオガム・ストーン。 (Jaqian/CC BY SA 3.0)

原文:Ancient Origins

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