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イスラエル12支族の1つはギリシャ人?

近年明らかになった3000年前のものとされるイスラエル北部のテル・ダンにおける考古学的発見は、ダン族が平和維持のためにカナンのエジプト人統治者に雇われたエーゲ(ギリシャ)の兵士だったかもしれないことを示しています。言い換えると、ヘブライ聖書(※旧約聖書)の士師記で言及されるサムソンや他の古代イスラエル人は、血統と起源においてギリシャ人だった可能性があります。

ダン族はイスラエル支族では無いのか
ダン族は『イスラエル支族』12支族の1つとされ、世界中の多くの人々に古代イスラエルの土地を象徴していますが、新しい考古学的発見によるとダン族はおそらくイスラエルの血統ではありません。その代わりダン族は、古代ギリシャ(具体的にはエーゲ)とシリアでカナンのエジプト人統治者によって秩序維持のために雇われた傭兵に由来するように見えます。聖書に従うと、古代イスラエル人がカナンを侵略し統制した後、彼らは土地をダン族を除く古代イスラエル支族で分割しました。このような不当な行ないに失望し、ダン族は北に行くことを決め、ライシュの都市を征服しました。勝利の後に彼らは都市を再建し、祖先にちなんでその名前を変えました。事態をより興味深くすることは、最近の発掘調査が、ギリシャ(エーゲ)の影響に魅了されていることをはっきりと示す、紀元前12世紀から紀元前11世紀の広い地区を明らかにしているということです。

イスラエル12支族のモザイク画。エルサレム、Ha Rav Gold通り、Givat Mordechai Etz Yosefシナゴーグのファサード。ダン族は右上に表されている。 (public domain)

長年にわたる学術的議論の再燃
最近の発見は歴史家の間にダン族の起源に関する古くからの議論を復活させ、今では納得のいく答えが必要な一連の質問を設定しました。イスラエル支族のダン族は、結局のところ残りの支族から無視されたのか、そうではないのか? 彼らはエジプト人が海の民として記述した民族グループである、デネン人の子孫なのか? あるいは、彼らはギリシャの支族の一つダナオイ(Danaoi)と関連していたのか? テル・ダンでの発見はそうかもしれないことを示しています。

ダンの都市はゴラン高原で最も高い山であるヘルモン山の南部に近い塚に建設された。紀元前2000年には、都市は巨大な城壁で広大に囲まれており、ライシュ(Laish)と呼ばれていた。青銅器時代後期にライシュは、北はシドンやティルス、南はエジプト、西はギリシャのほとんどの部分など、地中海東部中の国や沿岸都市と広大な貿易関係を確立していました。

キブツ・ダンの約半キロ北に位置するテル、フラ湖テル・ダン自然保護区の管轄。 (CC by SA 3.0)

ギリシャの存在と影響は考古学的に否定できない
現在のキプロスのエンコミで見つかったのと同種形式の粗い石でできた墓の発見は、紀元前14世紀に遡るライシュとエーゲ人のギリシャ地域との繋がりを示唆しています。さらに、墓の内部で考古学者らは100を越える土器を発見しました。これは化学分析によると、青銅器時代にミケーネ文化の中心地だったギリシャの都市国家アルゴスで作られたものでした。

テル・ダンで見つかった金属の品物、パイプ、るつぼ、スラグ。 Nelson Glueck School of Biblical Archaeology 

テル・ダンでの発掘調査は1966年に開始され、勲章を受けたイスラエル人考古学者でエルサレムのヘブライユニオンカレッジ考古学研究所の代表である、Avraham Biranの指示の下1999年に完了しました。この地域の発掘調査を再開し、後に古い発見物と新しい発見物を詳細に検査したヘブライユニオンカレッジのDavid Ilan博士は、ダン族がイスラエル支族として始まったのではなくギリシャに起源を持つという古い理論(遡ること1960年代にMichael AstourとYigal Yadinによって最初に提唱された)は、正しいかもしれないことを示唆しました。テル・ダンでの発掘者もエーゲ様式の鳥が装飾された容器、杯、奉納のボウル、モデル・サイロ、そして儀式に使われたと思われる興味深い脳の形をした石、同様に様々な他の物品や工芸品を見つけました。これらはテル・ダンに住んでいた人々が、おそらく起源となる場所から習慣や伝統をもたらした混合グループだったことを示します。

David Ilan博士はHAARETZに対し、『聖書で最も有名なダン族は、ギリシャの英雄の非常に本質的な原型であるサムソンだ。彼はとても強く、彼の力はその長い髪に宿り、難問を語りペリシテ人の女性と一緒に過ごしている。』と語り、さらに彼はこの地域で発見された物の混合した文化的背景や、この地域でエジプト人が行なった規則の政治体系について付け加え、外国人は地元の人々との忠誠を避けるだろうから、『これはシリア、エジプト、キプロス、そしてエーゲ海の要素を用いて、テル・ダンにおける混合した文化的資料の層を説明するだろう。数十ものエジプト式の壺もある! これらの人々はエジプト人やエジプト軍に仕えたが、取引をする商人もいた。』

有名なダン族サムソンは本当にギリシャ人だったのか? Solomon J Solomon(1860~1927)による「サムソン」 (public domain)

トップ画:12 Tribes Mosaic in the Jewish Quarter (CC 2.0)

原文:Ancient Origins

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