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氷河期の中国にもあった農耕のルーツ

中国のシーツータン(獅子灘)にあるこのエノコログサ(Setaria viridis)は、栽培化されたアワの祖先だと考えられている。
(Image: Li Liu、NewScientistより)

ある考えが根付くには時間がかかります。新たな分析は、現在の中国の人々が野生の植物を食べることから農耕へと至るのに最大で12,000年かかったと示唆しています。他の場所での農業もまた花開くのに時間がかかりました。

スタンフォード大学のリー・リュウ(Li Liu)と同僚たちは、中国の黄河地域から見つかった3つの石臼(grinding stones)を研究しました。それらはアワやヤムイモ、豆類、根などその他の穀物を処理するために使われたことを示す残留物を有します。

古代の中国の石臼
(Image: Jinmin Shi、NewScientistより)

この石は23,000年~19,500年前、最終氷期後期のものとされます。しかし中国の農作物栽培に関する最古の考古学的証拠は11,000年前のもので、農耕は古代の植物利用の伝統からゆっくりと現れたことを示しています。

これはより幅広いパターンに適合する、英国ワーウィック大学のロビン・アラビー(Robin Allaby)はそう言います。中東では『私たちは23,000年前時点における穀物の証拠もある』と彼は言う(これは人々がこれらを栽培するよりかなり古い)。『この時期は後期氷期極大期ですが、23,000年前に一時的な気温の急上昇があり、この時は穏やかでした』。アワやその他食用植物は暖かさで生い茂り、それらの利用を始めるよう人々を魅了していた可能性があります。

石臼が見つかった、黄河シーツータン現場の発掘調査風景。
(Image: Jinmin Shi、NewScientistより)

天花粉のような植物のいくつかは、いまだ伝統薬に使われています。スペインのバルセロナにあるカタルーニャ調査・先進研究機構(Catalan Institution for Research and Advanced Studies)のカレン・ハーディ(Karen Hardy)は、もし古代の人々が『自分たちの健康に有益な植物性食物の選び方を知っていた』としても驚かないだろう、と話します。昨年(※訳注:2012年)に彼女はネアンデルタール人が薬草を使った証拠について報告しました。

『なぜ植物が摂取されたのか私たちは確実に知ることはできませんが、これら初期の人々はおそらく選び使った植物についての詳細な知識を持っていたと私は考えます』、とハーディ氏は言います。『これは薬効や栄養的性質が含まれていた可能性があります。』

Journal reference: PNAS, DOI: 10.1073/pnas.1217864110

原文:NewScientist

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