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神と王の玉座:歴史を通じた権力の象徴

玉座は英語で『Throne』。海外ドラマのゲーム・オブ・スローンズが世界的に人気で、様々なカルチャーに影響を与えています。マインクラフトで作品に登場する様々な建物が作られてたりしてますね。

ゲーム・オブ・スローンズの内容は、

夏と冬が不規則に巡る世界、七王国を舞台に、覇権をめぐって陰謀と策略が渦巻く人間ドラマと壮絶な争いが繰り広げられる。300年前に七つの国が統一され、七王国としてひとつになった大陸“ウェスタロス”。だがその覇権をめぐっては、未だに政治的な陰謀が繰り広げられていた。
ワーナー海外ドラマより)

という感じ。SF・ファンタジー、特にエピック物が好きな僕はかなり好きな世界観(´∀`*)ウフフ

ゲーム・オブ・スローンズに登場する鉄の玉座(メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

まあ、作品自体はまだ見てないです。。。
原作者のジョージ・R・R・マーティンのSF短編集は読んだことがありますが、短編ながらも世界観が繋がっていて、架空世界の様々な場面を見ることができたのでかなりワクワクしたのを覚えています。

今回は玉座の歴史。単に玉座と言っても、国や時代によって様々な意味や役割があったようです。


Thrones of Gods and Kings: Symbols of Power through History

ゲーム・オブ・スローンズに登場する鉄の玉座はおそらく21世紀のポップカルチャーの最も象徴的なものでしょう。多くの人が既に知っている通り、その玉座のコンセプトは歴史の中ではるかに長い間現存しているということです。この記事では、この権力のシンボルの起源といくつかの有名な歴史的な玉座を調査していきます。

力強いシンボルの起源

語源的に言えば、この言葉はギリシャ語に起源があります。ギリシャ語の「Thronos」は『気高い座席、椅子』を意味し、ラテン語と古フランス語を通じて英語に取り入れられました。「気高い椅子」という玉座は、専制君主の占有席だと一般的に理解されています。換喩(ある言葉を別の言葉で表すこと)では、「玉座」という言葉は君主や王冠をも意味します。

はじめ、玉座は神々と関連していました。しかし人間たちが、玉座のステータスシンボルが政治・宗教における最高ランクの人物に適切だと決めるのに長くはかかりませんでした。時が経つにつれ、庶民から『選ばれた』統治者はテーマとして、玉座はより精巧になっていきました。通常、重要なことは壮大に作ることであり、玉座それ自身が権力の象徴となりました。

玉座に座るバビロニアの太陽神シャマシュが、王と2人の神々と会っている場面。 (紀元前9世紀). British Library room 55. (Prioryman/Wikimedia Commons)

しかし、これは必ずしもすべての玉座に当てはまる訳ではありません。多くの学者には、玉座は権威の象徴というだけでなく、国や人々のための統一的な物だったと主張されています。国家・人々と彼らの君主・統治者・同様にその前任者はすべて繋がっているという考えです。この場合、玉座は選ばれた材料と装飾などの使用によって、特に観念的・哲学的な役割を担っています。この考えに従うと、玉座はそれが属する土地にとって重要になります。

アケメネス朝の玉座:王に投げキス

少数の玉座は古代世界から生き残りました。にもかかわらず、玉座は、これらの古代文明の王室芸術で表現されています。一つの例は、アケメネス朝の王の玉座です。古代都市ペルセポリス(現在のイラン・ファールス州)はアケメネス朝の首都の一つであり、紀元前518年にダリウス1世によって設立されました。宮殿複合体の最も古い建物段階にはアパダナ、または「オーディエンスホール」として知られるセクションが含まれています。

アパダナの東の階段では壮大なレリーフを見ることができます。このレリーフは、アケメネス朝の支配下にあるすべての国の代表者を示しています。伝統衣装を着ているこれらの像は、アケメネス朝の王に敬意を示しています。階段中央部のレリーフはアケメネス王自身を示し、多くの場合ダリウス1世であると考えられています。王は玉座に座り、足が地面につかないよう踏み台に置いた姿で示されています。後ろにいるのは彼の後継者であり、彼の前にいるのはproskynesisという、アケメネス朝の宮廷で儀式挨拶を行う家臣です。目下の者のランクに応じて、ひれ伏すかひざまずくか、または王の前で投げキスするか、王は要求することがあります。

玉座に座るアケメネス王(おそらくダリウス1世)。イラン・ペルセポリスのレリーフ (Wikimedia Commons)

帝国裁判所での挨拶儀礼

このような儀式的挨拶は他の帝国宮廷でも見ることができます。その一例が中国の宮廷です。この儀式については、1820年に行われた道光帝の戴冠式の翻訳文に見ることができます:

『彼(司会)が「ひざまずけ」と言うと、王がひざまずき、それから高官以下すべてが膝をつく。彼が「頭を垂れろ」それから「上げろ」と言うと、王と高官以下すべてはそれにしたがって3回ひざまずき、9回お辞儀をし、そして立ち上がる。』

この文書では、中国皇帝の玉座は「龍の玉座」として有名です。1900年の義和団の乱の後、西軍は北京の紫禁城への道を押し進み、18世紀以来、龍の玉座の前に来た最初の西洋人になりました。ある立会人は玉座についてこのように書いています:

『玉座自体に、大きな三つ葉事件がありました。中央の広い座席を越えて、高い装飾壁とともに、二つの大きな翼が中央部から広がります。すべてが白大理石と翡翠で、中国美術の規範に従ってふんだんに彫刻されていた。上辺に沿って寝そべり横目で睨む龍たち、そのひとつひとつが中央の席に向かって『曲がった尾の鱗状の恐怖を振り回し』、その頭は外側に突き出ている。玉座の下には3段あり、幅広い2つ目の段には嘆願している9つの衰弱したり倒された龍の頭があった。』

現在は紫禁城にある中国皇帝の龍の玉座 (Wikimedia Commons)

20世紀の初めに中国の君主制が廃止して以来、龍の玉座は空席となっています。

38回使用される玉座:戴冠椅子

中国の君主制は1世紀以上前に終わりましたが、今でも世界ではかなりの数の国で君主制が行われています。現在最もよく知られている君主の一つはおそらくイギリスのエリザベス女王です。イギリスの君主にも戴冠式に使われる特別な玉座があります。

この玉座は戴冠椅子、またはエドワード王の椅子として知られており、スコットランドの戴冠式の石であるスクーンの石と合わせて1296年にエドワード1世が注文した。現在、この玉座はウェストミンスター寺院で見ることができるが、1996年に返還されたためスクーンの石は現在エジンバラ城に保管されています。戴冠式の椅子は13世紀に作られてから、38回もの戴冠式を目撃しています。

エドワード王の椅子(戴冠椅子)は現在ウェストミンスター寺院にある。椅子の下にスクーンの石はない。 (Wikimedia Commons)

宗教玉座:ソロモン王と聖ペテロが座る

玉座は君主だけのためではないことを忘れてはいけません。ソロモンの玉座は、聖書に記載されている有名な玉座です。この偉大な玉座はとても精巧で、将来のビザンチン皇帝の玉座に影響を与えました。それは旧約聖書の歴代誌下9章に記述されています:

『王はまた大きな象牙の玉座を造り、純金でこれをおおった。その玉座には六つの段があり、また金の足台があって共に玉座につらなり、その座する所の両方に、ひじかけがあって、ひじかけのわきに二つのししが立っていた。また十二のししが六つの段のおのおのの両側に立っていた。このような物はどこの国でも造られたことがなかった。(訳注:口語訳聖書より引用)』

派手な玉座のソロモン王が描かれたイラスト (Public Domain)

歴史を通じて、枢機卿、司教、修道院長すべては自分の玉座を持つ権利がありました。初期には、これらの玉座の多くは教会の石造物として組み込まれていました。それにもかかわらず、ローマ教皇の最古の玉座である聖ペテロの玉座(紀元4世紀から)は、象牙とオークで作られ、鉄の運搬リングを完備していました。

バチカン市国のサンピエトロ大聖堂に収納された中世の遺物聖ペテロの玉座 (Dnalor_01/CC-BY-SA 3.0)

これらが意味しているのは団結か分割なのか。玉座の権威と威厳があるシンボルは、このように玉座の前に立つ多くの人々に君臨し続け、畏敬の念を抱かせ続けています。

サムネイル:2代目の孔雀玉座の絵、インド・デリーの赤い城(1850)。最初の孔雀玉座は、1739年にペルシャ王ネーダー・シャーによって戦利品として奪取されて以来、失われてしまいました。 (Wikimedia Commons)

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