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ペトラ遺跡で2000年以上前の巨大モニュメントを新発見

ヨルダンの考古学者らは世界遺産のペトラ遺跡で驚くべき発見をしました。古代都市では他に類を見ない56m(184ft)×49m(161ft)にもなる大規模な儀式基壇が、街の中心部からわずか半マイルにあることをハイテク衛星スキャナーを使って発見しました。

ナショナルジオグラフィックは、この発見は高解像度の衛星スキャンや上空ドローン写真、そして地盤調査によって、隠れていた古代モニュメントを丸わかりに識別したと報じています。

『内側基壇の東側は、かつて記念碑的階段を成していた列が並んでいました。』と、ナショナルジオグラフィックは伝えています。8.5m×8.5mの小さな建物は内側基壇の南北の中心に位置して東に面しており、階段と向かい合っています。比較的小さい建物が頂上にあり、記念碑の正面に近づいたこの開けた巨大な基壇は、ペトラ遺跡にある他のどんな構造物とも類似していません。これは公共の儀式的機能を持っていた可能性が高く、ペトラの修道院に次いで2番目に大きな高尚で捧げられた未詳の展示領域を作っているとされます。

ドローンで撮影したモニュメント俯瞰画像
Credit: Photograph by I. Labianca

ペトラはヨルダンにある壮大な遺跡で、ユネスコによってその計り知れない歴史的意義と優れた普遍的価値が認められています。これは建築途中で、岩に彫刻途中であり、通路や峡谷が点在する山々に囲まれています。古代東洋の伝統がヘレニズム建築と混ざり合った、世界一有名な考古学遺跡です。

ペトラは先史時代から人が住んでいて、紅海と死海の間に位置するナバテア人の『隊商都市』として記述されていました。これはアラビア、エジプト、シリア・フェニキアを結ぶ重要な交差点で、新世界七不思議の1つに分類されています。

謎めいたナバテア人は元々遊牧民でしたが、約2500年前、彼らは紀元前1世紀から紀元後1世紀まで栄えた大きな集落や都市を建てはじめました。農業活動と同様に、彼らは政治システム、芸術、工学、天文学、石工業を開発し、そして井戸、貯水池、水道の建設などの驚くべき水力の専門技術を証明しました。彼らは交易ルートを拡大し、現在はヨルダン、シリア、サウジアラビアとなっている地域に合計で2000以上もの拠点を作りました。考古学者らは、大部分がわかっていないナバテア人の歴史をいまだ解明しようとしています。

壮大な古代都市ペトラ、ヨルダン。 Source: BigStockPhoto

今回新しく発見されたモニュメントはまだ発掘調査されていませんが、遺跡から見つかった陶器 は、この建造物が2150年以上前のものであると示唆していて、これはナバテア人の初期公共建築計画と一致しています。

ナバテア人の陶器に伴ってガーディアン紙は、ローマ時代の陶器と同様に、ペトラと交易していたヘレニズム文化から輸入された破片も発見した報じています。

南東から見たモニュメント基壇の遠景。 Photograph: G al Faqeer

ナバテア人は彼らのモニュメントを天文現象と関連させて建てました。冬至の期間、日没の光はペトラのアド・デル修道院の門を通って入り、神聖なモタブ(ドゥシャラ神などの神々を表すために置かれた石のブロックでできた聖壇)を照らします。

新発見のモニュメントが何にどのように使われたかは全くわかっていませんが、15年間ペトラで作業していて論文の共同著者である考古学者クリストファー・タットル(Christopher Tuttle)は、おそらく『何らかの大規模展示祝典』のために使われていたと語っています。

『私の知る限り、ペトラにこのようなものは全くありません』と、彼は続けました。

研究者らは研究内容をBulletin of the American Schools of Oriental Researchに発表しました。

サムネイル:BigStockPhoto

原文:Ancient Origins

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